なぜ仕事の失敗が怖いのか |元完璧主義でプライドが高かった僕が変われた理由

失敗が怖い

普段コンサルティングをしていると『失敗が怖くて行動ができません…』とか『完璧主義なところがあるので、とりあえずやればいいって言われても、なかなか動くことができないんです…』というお悩みを持つ方からのご相談を受けることがあります。

ぶっちゃけ『そんなこと言ってないで、やればいいじゃん!』が答えになると思うんですけど、僕自身も子どもの頃は『失敗するのが怖い』とずっと思ってたし、そのために色々とチャレンジすることができない性格だったので、あんまりその辺を雑に片付けたくもないんですよね。

ただ『仕事』の場面では『失敗が怖くて動けない』というのは明らかに自分にとって不利益になることの方が多くて、その性格(傾向?)のせいで僕も会社内ですごく自分で自分の居心地を悪くしていたような気がします。

  • 営業の時も先輩の指導を受けない
  • 電話対応も失敗が怖いから出ない
  • というか仕事をしてるところを誰かに見られたくない

…と書いてて思ったんですけど、ぶっちゃけ日本中の全員こうなんじゃないですかね?笑

ただ、不思議と自分で起業をしてからは『失敗が怖い』という感覚もなくなり(そんなこと言ってると食べていけないから)、『失敗するのが怖いんです』とか『完璧主義で動けないんです』と言われても、『あれ?僕はどうやって克服したんだっけ…?』って感じで、『気づいてたら克服できてた』という印象なんです。

そのことについてずーっと考えていたら、自分なりに『失敗が怖い』と感じてしまう時の心理だったり、そういう状況を克服する方法がわかってきたので、ぜひ参考にしていただければ幸いです。

なぜ人は失敗が怖いと感じてしまうのか

僕が思うにほとんどの人は『失敗』そのものが怖いわけではなく、『誰か(不特定多数の人たち)に失敗を見られるのが怖い』のではないでしょうか。

小学生の頃、算数の授業中で先生が出した問題を解いている時、先生が生徒みんなの様子を見ながら教室中を歩いて回ることって結構あると思うんですけど、僕は先生が近づくと絶対にノートを隠していました。本気で見られるのがいやだから。自分のテリトリーを侵食された気がするから。

あとサッカー部の練習の時も、コーチが見ていないときはのびのびとプレーができるのに、コーチがじっくり見ているときはわざと靴紐を結び直したりしていました。

こういう子どもって僕だけじゃないですよね…?

自分ひとりで失敗する分には全然構わないんです。だけど、その失敗を誰かに見られるのが怖い。失敗を笑われたり失望されたり叱られるのがいやだ。

それを避けるために、自己防衛として僕は『人前で何かをしない』という選択を選ぶようになりました。

会社に入って営業の仕事に就いて、先輩が『お前の営業のトーク見てやろうか?』と言ってくれても『いや、大丈夫ス!』と全力で拒否。本当にダメなやつだったと思います(笑)

失敗が怖いのは完璧主義の証なのか?

行動ができないことの言い訳で『私は完璧主義だから〜』と言う人がいます。

ただ、冷静に考えれば『完璧』などどこにも存在しないことが理解できると思うし、本当に完璧を目指しているのであれば、PDCAサイクルを回して『実践して検証』というステップを経験するのが普通だと思います。いつまでもPLANにとどまっていては完璧など近づけるはずがない。

PDCAサイクル

だから完璧主義と自称している人は、完璧を目指したいのではなく、単に恥ずかしい思いをしたくないとか、自尊心が強いとかそれだけの問題であるケースがほとんどです。

プライドが傷つくのがいやなんですよね。気持ちはわかります。気持ちは。

失敗が怖くて動けない人はこんなに損をする

失敗が怖い

重要なチャンスを与えられなくなる

先ほどのPDCAサイクルの図も参照していただきたいのですが、何か行動を起こす際にもっともNGなのは『何も動かないこと』です。行動して検証するというステップを繰り返して、あらゆるアクションの精度は上がっていきますからね。

したがって、何も動けない人というのは『仕事を振っても何も生み出してくれない人』という評価になってしまうため、外部から与えられるチャンスの総量も自ずと減っていってしまいます。

『成功』と『成長』からどんどん遠ざかってしまう

大なり小なり、1つのプロジェクトを成功に導くためには『失敗から学ぶ』ことが必要です。

したがって、失敗が怖いから動けないというのは『失敗もしないけど成功もしない』ことになります。逆に成功を収めるためには一定以上の失敗のリスクを飛び越えないといけません。

あと、めっちゃ大事なことですけど、『成功しなくていいから失敗もしたくない』って思った人は覚えておいてください。僕らが生きる社会って『何も行動を起こさない』と他者からの評価はどんどん下がっていきます。

しかも、大半の人は『成功と失敗の評価軸』を他者からの評価に起きがちなので、やはり行動は起こした方が何かと得です。

あと、人はアクションを起こした後に色々と成功要因やら失敗要因から反省をすることで成長するので、失敗が怖くて行動を起こせないと、あらゆる成長の機会が奪われてしまいます。

自分に自信が持てなくなっていく

『自信』に根拠を持たせようとしたら、どうしてもちっちゃな成功体験をコツコツと積んでいくしかないんですよね。

でも自分を守るために自らを行動から引き離していってばかりだと、そもそも経験を積むことができないので、どんどん自分から自信がなくなっていってしまいます。

あと『失敗が怖い』場合って、情報や経験値があれば恐怖を幾分か和らげることができるんですよ。

あの時はこういう風に対応したら大丈夫だったから今回も大丈夫だろう、とか。

あの時はこういうミスで失敗をしたから、次からは起こさないように事前に対応をしておこう、とか。

でも、行動を起こさないと、そういう実体験や経験値を重ねることができないんですよね。だからますます失敗が怖くなる。

優秀な人からの信頼が損なわれてしまう

世の中の大半の優秀な人、何かを成し遂げていく人は『失敗が怖くて行動しない』という価値観とは真逆で、どんどん行動を起こして失敗という名のデータを集めて、更に良いアクションを起こせるようにしていこうという考えを持っています。

だから、そういう人たちにとって『失敗が怖くて行動できない人』はイケてないヤツとして認識されてしまうので、距離を取られてしまうんですよね。

やっぱり人生を豊かにしていくためには『誰といるか』が重要なわけだから、それはめちゃくちゃデメリットになるんじゃないでしょうか。

失敗が怖い病を僕が実際に克服した方法

失敗が怖い

損得勘定を優先して生きるようにした

何がキッカケだったかはあんまり覚えてないんですけど、急にふと気づいたんですよね。

あれ、なんか自分、めっちゃ損してないか?と。

そこから周りにいる幸せそうな人や成功してる人たちをめっちゃ観察してたら、どうやら僕が『失敗を見られるのが怖いから行動するのやめよ』って思うようなタイミングで、『失敗してもいいから、とりあえず行動してみよ』って彼らは思っているであろうことがわかったんです。

何を今更って感じですけどね。

『人の目を気にしない』ってことになるのかもしれないですけど、人の目を気にして生きてる人よりも、人目を気にしないでチャレンジしまくってる人の方が、明らかに人生豊かになってるなーと思ったんです。

それで僕にとって大事なことは『周りの目を気にして生きること』よりも断然『幸せになること』だなと。幸せになった方がいいよなと。

そう、ふと降りてきたというか、思えてきたのが大きかったなと思います。

自分を客観視して己のダサさに気づいた

その『成功してそうな人観察』をしてて気づいたんですけど、何か『失敗するのが怖いから、行動を避ける』って、めっちゃモブキャラっぽくてダサいんですよね。

よく『人の目を気にしなくていい』と言われますけど、僕はむしろその逆で、人の目を気にした結果『失敗を見られることよりも、失敗しないように行動から逃げてるのを見られる方が遥かにダサくてイタくてカッコ悪い』ってことに気づけて、自分を変えることができるようになったんです。

どうせ生きてくなら、カッコ悪いよりもちょっとくらいカッコいい方がいいじゃないですか。

そういうロジック(?)も自分を自然と変えていくトリガーになりました。

思いついたことを色々とやってみた

そういう心境の変化があったのと偶然時を同じくして観たのが、TSUTAYAで借りてきた『イエスマン』です。

普段ならドラマとか映画とかにそんなに影響されないんですけど、観たタイミングが良かったのか、もう『とりあえず行動してみよう!』ってめっちゃ素直に思えたんですよね。

実際に色んなことをやってる中で気づいたのは『やらないかやるか迷ってる時間ほど無駄なものはない』ってことと『自分が思ってるよりも失敗で失うものはない(むしろ得られるものの方が多い)』ってこと。

やらずにウダウダ言ってるのが一番カッコ悪い、それに実際に行動に移してみた方が楽しいし学べることも多い。

それに気づけたことで、起業という一見無謀なチャレンジも粘り強く頑張れたのかなと思ってます。

他の人の評価と自己評価を冷静に比べてみた

あと実際に色々と行動してきて感じたことなんですけど、プライドが高くて完璧主義的な人って、自分に対する期待値だったり自己評価がめちゃくちゃ高いんですよね。(自分への期待値が高いのはいいことなんですけど)

別に他人からそこまで求められているわけじゃないのに、常に最高の状態を見せ続けないといけないとか、完璧にやらなきゃいけないとか、そういうことを考えすぎてしまうんですよ。

もちろん、『どうせ自分なんて…』という自己評価低めタイプもそれはそれで大いに問題なんですけど、50点で合格なのに100点を取らないといけないと思い込んでるのも問題なわけです。

人から求められるレベルって、僕らが『やらなきゃいけない』って思い込んでるレベルよりも案外低かったりするんですよ。もちろん仕事を適当にやってもいいってわけではないですけど、『100点を取れるように準備できるまでやらない』ってスタンスを貫いた結果、気づいたらテストが終わってました、みたいな人って結構いるんですよ!

それなら、とりあえず50点でいいから行動を起こしてみて、その結果得られた糧を生かして、徐々に100点を目指していけばいいと思うんです。

最悪の状況は何か考えてみた

『失敗が怖い』って言っても、それが最悪の状況かというと多分そうじゃないんですよね。

自分にとって最悪な状況を色々と考えていたら、結局のところ、

自分のやりたいことをやらずに年老いていくこと

これに尽きるんじゃないかと思うわけです。

『死ぬこと以外かすり傷』みたいな名言もありますが、まさしくその通りというか、それくらいアバウトに考えてもいいんじゃないかと。

何が『怖い』のか具体的に掘り下げてみた

『失敗するのが怖い』って、すごく抽象度が高い表現でして、人はよくわからないものに対してはやはり恐怖心を抱く生き物だと思うんです。

だから『何が怖いのか』を具体的に掘り下げて考えていくことで、気にしても仕方がないことはノータッチでいいとわかるし、気にした方がいいことは事前にちゃんと対策ができるわけです。

例えば、明日の朝礼でスピーチをしないといけないとして、

  • 内容がしょぼくて失望されるのが怖い → 下調べをちゃんとする
  • 人前で話すのが緊張する → 前もってリハーサルをする
  • 失敗した後のことが怖い → 先週の○○先輩もしくったけどみんな気にしなかった

みたいに『怖い』と感じる要因を細分化して、それに対する対策や回答を用意してあげることで、かなり『怖さ』は軽減します。

結局のところ『よくわからないから怖い』っていうのは、多分にあるんじゃないかと思うのです。

行動しなくてはいけない理由を作ってみた

ここまで色々と理由を語ってきましたけど、アドラー心理学的に考えれば、『失敗が怖い』とか『完璧主義に見られたい』っていうのは全て『やりたくない』という気持ちを正当化するために、後付けされた嘘にすぎないって可能性もあるんですよね。

人は自分に対してとても巧妙に嘘をつくので、それが嘘なのかどうか本人すらわかっていなかったりするんですけど。

だから、僕の場合『絶対に行動しなくてはいけない理由(副業で成果を出して会社を辞めたい)』を作ったことも、かなり大きかったんじゃないかと思います。

もし『失敗するのが怖い』とか『完璧主義だから』という理由で行動できていないことがあったら、『それって本当にやりたいことなの?』って考えてあげるといいかもです。

まとめ〜完璧主義とプライドを捨て去って〜

僕の場合、完璧主義的な性格とプライドの高さを捨て去ってから、人生が本当にラクになったし、毎日を身軽に生きれるようになった気がします。

良い意味で『なんでもいい』と言いますか、すべては自然のあるがままに進んでいくんだから、その中で自分にやれることを頑張ってみようかなと、いい感じでリラックスして仕事に取り組むことができるようになり、それがパフォーマンスの向上に繋がっているんじゃないかと。

それに僕は『失敗しているのを見られるのを嫌って行動から逃げようとばかりしてた自分』よりも『とりあえず気になったことはやってみよう!』って感じで考えられる自分の方が好きだし、今の自分に対して居心地の良さを感じています。

自分のプライドや性格のせいで毎日が生きづらくなっているのなら、そんなものは思い切って捨て去ってしまうといいよ!ってことがちょっとでも伝われば幸いです。