辛い現実からは逃げてもいいけど、代償として世界から居場所を1つ失う。

現実が理想に全然追いついていない時。自分と他の誰かを比較して落ち込んでしまう時。どうしても自分を奮い立たせることができなくて沈んでしまう時。

人生にはいくつもの「逃げ出したいタイミング」があって、その度に僕たちは様々な選択肢に直面することになります。

昔の昭和的な価値観の元では「逃げることは悪いこと」という固定概念が社会全体に浸透していたようですが、最近では「逃げることは悪いことじゃない」とか「本当に辛いことからは逃げた方がいい」という価値観が市民権を得てきたようです。(特にフリーランス、起業家クラスタを中心に)

申し上げておくと、僕自身も「辛いことからは逃げた」側の人間ですし、どちらかというと「逃げ続けてきた」という言葉の方が適切かもしれません。

「会社を辞めたい」という理由だけで起業して5年目にもなりますが、やっぱり「戦略的に逃げた」からこそ今幸せに生きていられるとも思いますが、人生を振り返ってみれば「あの時はもうちょっと逃げずに頑張るべきだったな」と思うこともたくさんあります。

最近ではとかく肯定されがちな「逃げ」について綴ってみたいと思います。

「逃げる」とは世界から居場所を1つ失うこと

「嫌なことからは逃げてもいいんだよ」というメッセージに勇気付けられることは誰しもにあるだろうし、実際に辛いことに立ち向かうことで心が疲弊して精神的に病んでしまうケースも少なくありません。

ただ、辛いことから逃げるということは、世界から居場所を1つ失うのと同義だということは、理解した上で判断をするべきだとも思います。

例えば「部活がキツくて辞めた」場合は、もうその部活には居場所がなくなる訳で、大学が合わなくて辞めた場合も同様です。

例え学内に仲がいい友人がいたとしても、やはり「場所」がもたらす力は大きい訳です。場所がなくなればコミュニケーションも栄えず、どこか疎遠な空気も生まれてしまうでしょう。

僕は入社2年目の途中で、会社が嫌すぎて辞めました。

その会社はいわゆる日系の大手企業で人事の新陳代謝が良い社風でもなかったので、2年目で辞めるというだけで円満退社は絶対にありえない感じだったんですよね。

だから、その会社を辞める時には「もうこの会社(業界)では生きていけない」という覚悟を持って辞めましたし、まさに世界から居場所がひとつなくなったような感覚になりました。まさに背水の陣というか、だからこそ頑張れたという側面もあったんですけどね。

逃げることで累積警告が1枚溜まるイメージ

本当に逃げないと潰れてしまうような自体に陥った時、逃げること自体は決して悪いことではないのですが、色んな場所から逃げ続けていくと世界中のどこにも自分の居場所がなくなってしまいます。

逃げることで得られるものも大きいかもしれないけど、失うものも当然ながら大きいわけですし、大抵の場合は逃げると周囲からの信頼を失います。場所や社会は人が作っているものだから、他者からの信頼を失うリスクはあまりにも大きいですよね。

プロサッカーでは試合中に悪質なファールをするとイエローカード(警告)を受けますが、確かシーズン中にイエローカードが3枚たまると次の試合に出場停止になったはずです。(同一試合中なら2枚で退場)

それと同じように、何かを途中で投げ出したり責任を放棄して逃げ出したりするのは、人生の累積警告が1枚溜まるようなものだと思うんです。ただサッカーの場合は1試合出れないだけで済むけど、人生の場合は一度失った信頼を回復するのはめちゃくちゃ難しいのは言うまでもありません。

世界は案外狭かったりもする

例えば、Aという場所から逃げ出してBという場所で心機一転頑張ろうとしたとします。

ただ「世界は狭い」と色んな場所で言われているように、Aにいた人とBにいる人がどこかで繋がっていたり、あるいはAで犯した不義理がBにいる人にも筒抜けになっている…ということは現実的に起こりうるわけです。

世界から一つの居場所を失ったと思っていたら、実は2個、3個と失っていた…というのは本当によくあることです。

僕が会社を逃げるようにして辞めた時、元にいた会社と新しく選んだフィールドは全く異なるものでした。そのため過去が未来に及ぼす影響はめちゃくちゃ小さかったのですが、それでも悪影響がゼロというのはあり得ないとも思っています。

だからこそ、今いる場所から逃げ出す先は極力遠い世界の方がいいとは思いますが、逃げ出した先での「ちゃんと自分の居場所を作るための努力」は必要不可欠ではないでしょうか。

特に最近ではSNSの力も大きいですし、繋がっていなさそうな人が実は繋がっていたり、自分のとった行動が世界から可視化される際の透明度が高まっているのも事実です。だからこそ「逃げ出すことのリスクは小さくない」ことを踏まえて判断するべきだし、その後の行動を選択していくべきです。

なぜその現実が辛いのかをちゃんと考える

時に辛い現実から逃げた先の世界で、また同じように逃げてしまう…というケースもあるでしょう。

その場合、現実が辛い原因は周囲の環境ではなく自分の側にあると考えるべきだし、自分の非と向き合わずに現実逃避を続けていても、世界から居場所を次々になくしていくだけです。言わば自らの手で人生をハードゲーム化してしまうだけ。

生きてると数多くの上手くいかないことや色んなトラブルに直面するわけですが、その原因を突き詰めていくと、だいたい同じような原因が問題を引き起こしているものなんですよね。

例えば、会社員生活が絶望的に辛かったから起業をしたというケースでもそうです。会社員時代に「周りとのコミュニケーションが上手くいかなかった」という人は、起業後もコミュニケーションのトラブルで悩むことになりがちです。

もちろん、そんな理屈とは関係なく「もう逃げなきゃやっていけない」という場合は自分を守るためにも逃げてしまえばいいと思います。

ただ、その場合も「自分側に何か直すことはなかっただろうか」という視点は絶対に忘れてはいけないです。

逃げるなら全力で逃げ続けよう

僕が会社から逃げ出して自由になりたいと思った時、すぐに逃げるのはよくないという意見もたくさん受け取ります。ただそんな時に誰かのメルマガで「辛かったら逃げても構わない。ただその代わり全力で逃げ続けないとダメだ」という言葉を見て、それがすごく心に響いたんですよね。

逃げた先の場所で頑張ることができないと、その場所を自分の居場所に変えることができないし、ずっと人生から逃げ続けることになります。そして、それが続くと世界中のどこにも自分の居場所を作る余地がなくなってしまいます。

本当に辛かったら逃げてもいい。だけどその代償として世界から居場所を1つ失うことになるし、逃げた先に自分の居場所を作るためにも「逃げること」に対して本気にならないといけないのだと思います。

大事なのは自己肯定感を失わないこと

自分で自分を嫌いになってしまった時、理想と現実のギャップに打ちひしがれてしまう時、どこまで行っても自分のダメさに足を引っ張られてしまう時、人は本当に辛いと感じるんじゃないかと感じます。

辛いことがあった時に逃げるも立ち向かうも人それぞれ自由だけど、究極的なことを言えば、自己肯定感さえ失わなければそれで問題ないんじゃないでしょうか。今の自分を受け入れてあげて、弱さとちゃんと向き合った末に、未来に期待ができるのであればそれでOKではないかと。

人は一人では生きていけないので、逃げることを選んだのであれば、新しい場所をちゃんと自分のものにすることは必要ですけどね。

僕にとっての「新しい居場所」は起業した先の未来であり、そこで出会った仲間たちとのコミュニティでしたが、別にそれだけが全てではないと思うしそれぞれが納得のいく生き方ができればいいのでしょう。

ただ「自分らしく生きながら良好な人間関係を築く」ことは幸せに生きていく上でめちゃくちゃ大事なので、そこからは逃げない方がいいのだと思います。